2013.01.24

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Posted at 05:04 | ご挨拶 |
2012.01.27

イタリア小さな村から.....

「イタリア小さな村の物語」BSで紹介された村パニカーレ
私たちが、この村を訪れたのはテレビ番組を見たからではなく
この村にもペルジーノの絵が残されているとピエーベの町で訊かされたからです
ピエーベから車で約40分、山の尾根にこびりついている様な小さな村です

ローマ発田舎ドライブはローマナビネット

お目当ての絵は宗教祭日や特定の日以外は一般公開しないそうで
鑑賞することはできませんでした。
夏はドイツからの観光客でいっぱいになるそうですが、冬のためか
歩いている村の人は僅かでとても静かでした。

ローマ発ドライブはローマナビネット

イタリアは人口5000人程度の小さな村落はたくさんあります
ほとんどが500〜600年前の中世の町そのままです。
重厚な石造り、相続税が安いなどの理由で先祖代々々....
受け継がれていくのでしょう。
「おらが村」という 自冶意識がたいへん強く
自分たちの村は自分たちで護るという誇りがあります。
都会と比べ村は整備されゴミや落書きなどありません。
イタリア語で冶自体、市町村はコムーネと呼ばれます
コムーネは別の意味で共同体という仲間意識があります

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同行のドライバーに定年後にこの様な小さな村に住みたい?って訊きましたら
村出身でない限り村意識が強すぎて同化しにくいので難しいとのことです。
それでもこの村で日本人の奥さんが子育てをしてます。
最近は、かなり過疎な村でも日本人の奥さんが逞しく生活するようになりました
ロンドンや外国の英語学校で知り合い、旦那の故郷に連れてこられた様です。
私は3日くらいなら滞在したいけど、それ以上は退屈しちゃうかな。

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私は夏の観光客で賑わう村よりも、ひっそりと静かに春の訪れを待つ
そんな静かな村を訪れるのが好き。
ローマで1日フリーな時間がありましたら、ローマ発ドライブのオプションで
素敵な小さな村を訪れてみません?。


2012.01.24

ナポリの街から

ナポリをゆっくりと歩いたことはありません
いつも駆け足で用事だけパッと済まして帰ってしまいます
ナポリの町は危ない...と言われつづけてます。
街のビルも煤煙で黒ずみ、中心の商店のディスプレイもアラブっぽい
なんかイタリアとは違う?って思って、ゆっくり過ごしたくないなって...
それでもナポリには50を超える美術館、博物館、教会が犇めき
見どころ豊富、短時間で通り過ぎてしまうにはもったいない
ピザもパスタも安くて旨い、きっと住めば都になるんだろうなって。

ナポリ全景
<カポディモンティ美術館の中庭より>
丘からナポリの町を眺めると教会の多さ、街の雑多さがよく分かります
ナポリ湾の手前の山はヴェスビオ火山です。

すぱっか1
ナポリの代表的な観光名所になってます。下町スカッパ・ナポリ
恐そうだけど歩いてみたいって、貴重品を持たなければ大丈夫


スパッカ2
路地をちょっと入ると数百年は経っているだろう教会があります。
南イタリアの方は宗教心がとても高いので、観光気分で教会の見学はできません。



スパッカ3

プレセピオ用のテラコッタの人形や細かなものを売ってます
ナポリは日曜、祝日はもちろん、平日でも13時から16時までお店と教会はほとんど閉まります
去年、日曜に訪れた時はすべて閉まりシャッター通りになってました。


スパッカ4


スパッカ通りの食堂(レストランというより「食堂」がぴったし)
地元イタリア人で混むレストランは美味しい&安いが通説
すでに超満員で外で行列待ちしてました。
パスタ料理も他の町の料理と違い、南の郷土料理らしく美味しかった
ナポリは、ローマ、フィレンツェ、ミラノの町とはまったく違った
独特の南の下町らしい雰囲気が多く残ってます。
1日、のんびりと散策されるのも楽しいでしょう。
2012.01.22

ラファエロのマエストロを訪ねる旅

ラファエロの師匠はピエトロ・ペルジーノ
1450年頃の生まれルネサンス期のイタリアのウンブリア派を代表する画家。
「神のごとき画家」と賞賛され多くの作品を生涯残しました。
教会の取り壊し、世界へ散逸してしまった作品も多いです
バチカン美術館のシスティーナ礼拝堂の壁画制作の棟梁でもありました。
ラファエラを始め多くの優れた弟子を輩出し後期ルネサンス絵画に多くの
影響を与えた画家でもあります。
彼の作品はパリのリーブル、フィレンツェの各美術館、ペルージャのウンブリア美術館などで
観ることができますが、ピエトロの生地で彼の作品を観てみたい
どんな町で、どんな空気を吸っていたのか....
イタリアの田舎町は驚くことに彼が生きていた町が1400年代から
ほとんど変わりなく、そのまま残っているからです。

ピエトロ・ペルジーノの本名はピエトロ・ヴァンヌッチですが
この時代は産まれた町を苗字に使うことが多かったです
例えばダ・ビンチ村のレオナルドとか
ペルージャの生まれではなくウンブリアの田舎ピエーベの生まれですが
田舎の地名では誰も分からないのでペルージャにしたのでしょう。
私たちが訪れた村Citta della Pieveはローマから車で約2時間
ローマとフィレンツェの中間ウンブリア地方の山の尾根にひっそりと
残っている村です。

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田舎を訪れると誰もが親切で、観光客がほとんど訪れないから盗難などの心配もない
車も少ないから空気が美味しい..です。
数十年前のよき日の素朴なイタリアが残ってます。

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ウンブリア地方は石を積んだ家が特徴ですが、山の頂きまで岩を運ぶのは困難だったのか
煉瓦造りの町並みでした。町にはゴミ一つ落ちてなく、もちろん落書きもない
イタリアとは思えないほど、とてもきれいな町です。

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教会内、右に描かれているのがピエトロの肖像です。

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教会内の壁一面に描かれてます。
本当は写真禁止ですが、フラッシュを使わなければ1枚だけならいいよって管理人は親切。
絵の説明もしてくれました。この絵の中にはピエトロとラファエロも描かれてます
ピエトロは若い時と年取ってからの2枚を左右に描いてます。
同じ服装だからすぐに分かります

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町の朝市、こちらで携帯電話中の女性にお目当ての絵の場所を尋ねました
市場正面の教会にあるはずの絵が見当たらないからです
「それならこっちにあるよ、おいでよ」と教会左の入り口から中にへの案内してくれました。

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驚いたことに、このフレスコ画があるのは会議室の壁です
美術館ではなく、今でも市民の寄り合い場として使われている会議場です
この絵を見ながら何を議論するのだろう??

他に見たい絵は数点ありましたが、観光客の少ない1月末にでかけたもので
閉館中でした。宗教祭日と4〜5月頃しか公開しないそうで...
何度も訪れてみたい素敵な村でした。
2012.01.18

バロック建築の宝庫レッチェを散策

イタリアのカカトにあるプーリア州は、アルベロベッロの町として有名ですが
レッチェの町は南イタリアのフィレンツェと称えられるほどバロック建築の宝庫
2000年を超える歴史があり、今でも2万人がグリコ語(ギリシャ語方言)を話します。
こんなに古い歴史の街は散歩しながら空気を味わうのが一番です
私は地図音痴、方向音痴で、どこでも地元の方に道を尋ねながら歩きます
田舎ほど親切で暖かいのは世界共通です。

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ドゥオーモ - イタリアで最も壮麗なものの一つ。最初のものは1144年に建てられ、
1230年に再建された。1659年から1670年にかけ全体的にジュゼッペ・ジンバロが修繕し、
70mの高さの鐘楼も建てた。鐘楼は5階建てで8角形のロッジア(涼み廊)をもつ。


カルタペスタ

レッチェの名産、カルタペスタ
顔と手足はテラコッタ、衣服はすべて紙です。
紙だからこそ、柔らかなカーブが自然です
どこのお店でもマエストロが実演販売してます
デザイン、色の配色は微妙に違います。
とても軽いのでお土産に持って帰りやすいです。


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南イタリアの教会は装飾が細かく、これでもか、と壁が埋まるほど
飾りたて、目が眩みそうになるくらい。


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レッチエではレッチェ石(石灰岩)が柔らかで加工しやすいため
石造りの細工に適したそうです


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町を散歩しているだけで、次から次に巨大な教会建築に出会います。
何時間かけても飽きない町です

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私はローマからアリタリアを利用して日帰りでした
アリタリアも往復で100ユーロ少しと鉄道より安い運賃を出してます
だけど南イタリアって夜の、町だなって思いました
13時から16時までは教会もお店もみんなシェスタ(お休み)
人通りも少なくなります。
16時を過ぎると人が出始め17時頃には、こんなに人がおったんけ、と思えるほど
ラッシュアワー並みに人であふれます。
夜暗くなると街はスポットライトに照らされバロックの町が浮き上がります。
次回は宿泊して夜の街を散策したい。


2012.01.15

スポレーへ

スポレートはウンブリア地方の中世の町の特徴である
山岳山上都市として栄え
町は丘の斜面に沿って建造されています。

高台よりS
なぜ、山上に?という質問をよく受けます。
[療攸茲い寮鐐茲頻繁に繰り返され山上を天然の城砦とし守るため。
⊆消呂多く、疫病を回避するため山上に移動した。
F本と違い米が主食ではないので水田を作る必要はなく上でも生活できた
など、防衛、防疫、食生活などの利便性なのでしょう。
ウンブリア地方をドライブしますと、山々の尾根に町が作られ発展し
残っている姿を見ることができます。交通不便、外からの侵入が少ないが故に
文化が長い歴史を超え、大切に守られています。自分が暮らしている町を誇りに思ってる。

城S
アルボルノツィアーナ城(Rocca Albornoziana) -1359年から1370年に、
アルボルノス枢機卿のためグッビオのマッテオ・ガッタポーネが建てた
ルクレツィア・ボルジアがスポレートを治めた際にもこの城に住んだ。
有名な15世紀のフレスコ画に囲まれたカメラ・ピンタという部屋がある。
多くの包囲戦に抵抗した後、城は1800年に監獄へ替えられ、20世紀後半まで使用。


水道橋S

テッシーノ川の上にかかる塔の橋(Ponte delle Torri)。
城塞のあるサンテリアの丘と対岸にあるモンテルーコの丘を結ぶ、
全長230m、高さ76mで、10のアーチによって支えられている。
この橋は、川を渡る役割と同時に、城塞に水を供給する水道橋としての役割を持ってる、
オリジナルはローマ時代に建設。現在かかっているものは、12世紀に建設、
14世紀に城塞を設計したガッタポーネによって改築されました。

この橋を渡ってみました。驚くほど怖くなく、普通の小道の様に歩けます。
次回は橋を越えて対岸の小城まで行きたいですね

 
+ローマ発:ウンブリア・スポレートドライブ・ローマナビネットがご案内します!。
2012.01.13

スポレート

ウンブリアというと、アッシジ、ペルージャ、オルヴィエートなどの小都市が
日本人には馴染み深いですが、スポレートもお勧めです。
古代、中世の歴史が町の生活の中に溶け込んでいます。

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サンタ・マリア・アッスンタ聖堂.1175年頃建設が始まり、
1227年完成。ロマネスク様式の大建築
1469年にスポレートで死んだフィリッポ・リッピの墓。
聖堂内には、アッシジのフランチェスコが書いた写本がある。

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ローマ時代の劇場、北には2世紀に建造された円形闘技場があります。

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ローマ時代の橋の下を通る神学校の生徒たち。
近くに1世紀(古代ローマ時代)のローマ人の家が現存し見学できます。

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この地方の名産はイノシシの生ハム、サラミ、黒トリフュー、チーズ、ワインと
美味しそうな食材が揃います。

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山岳山上都市は坂や階段が多く結構疲れます。
3泊くらい滞在してゆっくり見学したいですね。
2012.01.12

世界遺産サン・サルヴァトーレ聖堂

スポレートの町から1.2km離れたルチアーノの丘にサン・サルヴァトーレ聖堂はあります。
世界遺産に選ばれたのは北ヨーロッパからの侵入者ロンゴバルド人が建てた聖堂。
200年支配していた間にイタリアの至るところに教会を建て、200年後に世界遺産

ローマ郊外ドライブはローマナビネット

<詳細>
2011年6月「イタリアにおけるロンゴバルド人の支配地」世界遺産に登録された。
ロンゴバルド族の祖先はスカンディナヴィア半島出身と言われ、中世の初期に出現した。
西暦568年アルボイン王に率いられたロンゴバルド族は、当時東ローマ帝国の支配下に
あった北イタリアを占領,パヴィアを首都に定め、王国を設立、
その後ロンゴバルド人たちは、ウンブリアの中世の街スポレートと
ナポリの北東70キロのベネヴェントに公国を建設した。その後ロンゴバルド族は、
約200年間イタリアを支配し、774年に神聖ローマ帝国のカール大帝に滅ぼされた。

中世の停滞していた経済を活性化し、北イタリアの独立した都市国家の基礎を築き、
後のルネッサンス誕生の要因になった。ロンゴバルド族は、イタリアに定住すると
古代ローマの伝統様式、キリスト教価値観、ビザンチン文化の影響を
受けた建築物を、イタリア各地に建設した。

イタリア各地に存在するロンゴバルド族の特徴を最も現している建築物7カ所が選ばれた。
この7箇所の中にスポレートの丘のサン・サルヴァトーレ聖堂が含まれてます。
サン・サルヴァトーレ聖堂は初期キリスト教のバジリカで4世紀から5世紀にかけて建設

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初期キリスト教の聖堂、中央祭壇には色落ちしたフレスコ画が1枚
シンプルな荘厳さが威厳を讃えてます。
世界遺産なのに、誰も居ない、管理人もチケット売り場もない、出入り自由
観光客も居ない。とても静か、風が聖堂内を吹き抜けるだけ....

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古代ギリシャ建築と中国の敦煌の壁画が重なった様なオリエンタルな
文化の錯綜を感じます。大感動!

ローマ郊外ドライブはローマナビネット
教会の裏の丘はお墓です。
古くからの先祖代々のお墓が並び、クーポラ風の廟やピラミッド型、スフィンクス型の
お墓まであり、死が淋しくなく、スタートなんだと思えるほど楽しいお墓群でした。
2012.01.12

ローカルな猫たち

今年は元旦から外に出ていることが多く、ブログ更新ができず、ご心配おかけしてます。
明日からはどんどんと更新していきますのでお楽しみに!。

今日はローカルな町でみかけた猫たちをご紹介しましょう。

外猫1

天空の町チヴィタディバニョレッジョの番猫
お気に入りの木株の上でいつもお昼寝
人間が通ってもおかまいなし。

外猫2

スポレートの町では人懐っこい猫たちが多かったです。優しい人が多いのかな。
この猫は胴紐をつけられて散歩中
意思が強く、聡明そうな顔立ち、猫らしくない

外猫3

湖畔のレストランの近くのアパートのテラスで人間観察中の猫
4階のアパートの隅のテラスにチョコと座って、落ちないのかしらとヒヤヒヤ
それにしてもウンブリアは鼻黒い猫が多い。

ウチの家猫ジローは、私が留守がちなものでストレス全開中。
高かったグイ呑み茶碗を棚から落として欠片でサッカーしてました。
私の手をガンガン噛み付き、傷だらけの人生になってしまった。
Posted at 15:22 | 猫たち | COM(0) |
2012.01.06

南イタリア・レッェのクリスマス・イルミ

イタリアのクリスマス・イルミネーションは1月6日迄です。
南イタリアのレッチェに昨日、クリスマス・イルミを見に行ってきました。

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大聖堂広場で陽が落ちるまで待って撮りました。
真っ暗になったらもっと輝きが増し美しくなることでしょう。

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街中のレストランの電飾、さすが南イタリア、派手です。


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イタリアのツリーでレッチェの町のツリーが一番素敵でした。
どんどん変化してきます。
昼間見たときは、どんな色を出すのだろうって楽しみでしたが
こんなに、たくさんの色が変化するとは驚き

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暗闇にブルーライト素敵です。

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イタリア人の美的センスは地方により様々で文化の違いを感じることがで楽しいです。
もっとも暗くて、一番寒い冬の夜を、楽しく、明るく、1年間でもっとも美しく飾る
...そんな前向きな発想のイタリアって大好きです。